筆もじスト 小林佳織 かおりんのブログ

あなたや写真から感じた事が私の手を躍らせます。ことばを書くのも子どもたちとあそぶのも私にとって大事なこと。筆を通して表れることばはただ一つのもの。

筆もじスト小林佳織のプロフィール 生誕〜19才

こちらのブログに来てから

だいぶ経ちました(って数えられない)

お知り合いもだいぶ増えたところなので

改めてプロフィールをあげます。

 

生まれ  1971年5月20日

 東京都文京区小石川  4300gで生まれ母子手帳に巨大児のハンコを押される。しかし同日に1キロ多い子が生まれたそうで、残念がられる。

 

  文教地区と言われる中の商店街。10坪の六軒長屋のため、壁の向こうは隣家という状況。区切られた部屋の存在を知らないまま育つ。

稼業は和裁士の母とテーラーの父による自営業

地域の祭りやボーイスカウト等で人の出入りが多かった。

夏は下田へ海水浴、冬は石打へスキーが恒例行事

年間行事は浅草の物日参り、神田明神三社祭り、湯島天神の祭礼で神輿を担ぐ父に連れられ各所祭礼に出没

 

家族構成  両親 兄二人 母方の祖母プラスα

ある時から常に居候がいた。時に人数は増える。

 

幼少期  体が大きく、兄と自分は同じだと錯覚していたので、頭でっかちのお山の大将。写真に写る時は常に仏頂面

6才よりクラシックバレエを始める。これ以上デブにならないように。11才で月謝と体型の限界を感じ、自らやめる決断をする。

 

小学校

ピアノ、習字を同じ先生に習う。母の恩師の奥さんだったので、いい意味で融通がきく一方で楽譜は読めないまま。

好奇心旺盛で負けず嫌いだったため、何にでも手を出す。四年生以降それが災いしてか、小さなきっかけでクラス中からの無視から始まり、持ち物が全てなくなっていく状況になることやら(学期末に水浸しで出て来た) 上履きは泥まみれで捨てられるなど、絵に描いたような展開を見せるも、やり過ごす。

金管バンドでユーフォニウムトロンボーンを吹く

漫画家志望の仲良しができて、有閑倶楽部を知る。

本物の友情とはなど、暑苦しく考える生意気な小学生。

 

中学校

地域の中学校で小学校からの挽回をしようとするも、結局風評被害もあり、無視、呼び出しなどが断続的に起きる。成績だけが自分を持ち続けるモチベーションとなる。吹奏楽部でクラリネットを始める。

相変わらず「長」と名のつくものを徹底的に避ける三年の時の学級委員は担任の恩着せがましい口ぶりに嫌気がさし、渋々引き受ける。根っこにあるのは目立ったら叩かれるのを防ぐため。

部活と卒業だけを楽しみに過ごす。

 

高校  都立竹早高校

高校に進学し、あまりに風通しのいい人間関係にほっとする。小さないざこざはあっても概ね楽しいスクールライフ。

当時の風物詩  地上げにより高校一年の夏に千葉県へ移住

それまで徒歩15分から通学1時間半へ。この頃から授業での寝落ち率が飛躍的にのび「眠り姫」の称号をもらうが自覚なし。

毎年学校主催のスキー合宿は通信簿を持ったまま出かけ、帰って来てから見せるという暴挙に出る。

吹奏楽部は継続、休みは部活漬け。コンクールは高校1年で失格、次年度は金賞受賞。

ぎりぎりで入学したのでそこからは低空飛行

少し頑張って成績あげたら担任に「頭打ち」と言われたのをきっかけに努力期間終了→浪人決定

 

浪人時代  ここから千葉に根付く生活になる。

初めましての友だちと楽しい浪人ライフ

勉強の仕方を知り、理系から文転する。

新聞学科という響きに惹かれ合格するも、国立にも受かったため、人生初めていつも仲のいい父親と口をきかない時期を過ごす。

1年間の自分の頑張りを認めてもらった上で千葉大学教育学部小学校養成課程へ進学

 

 

あーもう長くなったのでとりあえずここまで

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